鬱の具合が悪くなると過眠になる。
ここしばらく不調で、一日の大半を寝て過ごしていた。全身が凝りに凝ってどう動かしても痛いが、さりとて軽いストレッチどころか布団から出ることも重労働に感じる。
うちの近くには遊歩道の整備された大きな川があって、元気な時はさんぽコースにしていた。
最近さんぽ行ってないなあ、もう春の花が咲いてるかなあ、とふと思ったのが一週間ほど前、そろそろさんぽくらい行けるだろう、行ってみよう、と思い立ってはやっぱやめた、を何度か繰り返して、春の陽気の今日、やっと実現した。
さんぽひとつがこんな長期プロジェクトになるのが鬱というものだ。家から川まではほんの徒歩10分ほどだというのに。
さて、スマホと鍵だけをコートのポケットに入れて外に出る。
ケヤキの並木をよたよたと上流に向かって歩く。
この河原は春爛漫になるとけっこういろんな種類のスミレが出てきて探すのが楽しい。
今は咲き始めたばかりのオオイヌノフグリとミチタネツケバナがひっそりと地面に彩りを添えている。
そして川といえば水鳥である。
マガモ、ヒドリガモ、コガモにカルガモがいつものメンバーだ。何やら老成した雰囲気のアオサギ、足先がオシャレなコサギ、ダイサギかチュウサギかいつまでたっても見分け方を覚えられない何らかの白鷺。
カラスにスズメ、ハクセキレイは河原に着く前の住宅街ですでに顔合わせ済みだ。
だいたいいつものメンバーをひととおり写真におさめ、橋を三本分ほど上流まで歩いて引き返したところで、今日は思いがけない出会いがあった。
カワセミである。
白茶けた茂みと曇り空を写して黒い川面にきらりと光るターコイズブルー。
ここの河原をさんぽコースにしてもう2年ほどになるが、出会ったのは初めてだった。
以前住んでいた場所も川が近くて、そちらでは数回に一回出会えたらラッキー、くらいの頻度で見かけていたのだが、今のところに越してから、気にしつつさんぽしていてもついぞ見たことがなかった。街中だし、このへんには住んでいないのかな、もっと上流の方に行けばいるのかも、くらいに思っていたのだけれど。
嬉しいと同時に切なくなる。
決して綺麗とは言えない川、人間向けに芝生で覆われ整備された河原、本来なら山深い渓流に住んでいるような鳥が、こんなところでも生きているなんて。
見た目に絆されているだけなんだけれど、カワセミはなんだか特別な感じがして、見るといろんな感情が湧く。
この冬から早春の気候は生き物にとってもきつかっただろう。カモたちは渡りの時期が狂ったりしないだろうか。花を咲かせたと思ったら雪がちらついて植物も困ったのではないか。
さんぽをしながらそんなことばかり考える。気候変動に対する意識を新たにする。何もできていない自分に絶望する。
どうか末永くカワセミが住める川であるように。願わくばわたしが双眼鏡とズーム性能のいいカメラを手に入れてカワセミを激写できる日が来るまで。
慌てて撮ったカワセミの写真はスマホカメラの限界を超えていたらしく、一枚だけかろうじてあのターコイズブルーがかすかに写っていた。